大学時代は漫画研究部「熱血漫画根性会」に所属。
元々はアニメーターを志望していたが、漫研の先輩である矢野博之にアニメーターよりも、漫画家のほうが儲かると言われ、漫画家を目指すことになる。
ちばてつやの大ファンであったため、少年マガジンに持ち込んでおり、担当編集とも上手く行っていたが、この頃に就任した編集長から「青山くんの絵が気に食わない」「このままマガジンでやるなら絵柄を変えたほうがいい」と担当経由で伝えられ、マガジンでやっていくことを断念した。
この後、持ち込み先を選ぶためにすぐさま本屋へ雑誌を探しに行き、その場にあった少年サンデーを見て編集部へ連絡し、その足で原稿を持ち込んだ。
この時に原稿を見てくれた編集者の世話になり、1986年、『ちょっとまってて』で小学館新人コミック大賞に入選し、同作でデビューした。